地獄絵図(十王掛図)・真如寺

 多賀町の真如寺の創建は天正年間(1573~91)、本堂、庫裡、書院、鐘楼および山門は寺院開山以来の建物と伝えられている。木造阿弥陀如来坐像は元々は多賀大社の本地仏だったが明治時代初頭に発令された神仏分離令により当寺に移された。平安時代に彫像されたもので、檜材、一木割矧造(いちぼくわりはぎづくり・一材から彫り出した仏像を、一旦数ヶ所に分けて割り、中をくりぬいた上でまた貼り合わせる、仏像彫刻の技法のひとつ)、国指定重要文化財に指定されている。寺宝である阿弥陀三尊懸仏は鎌倉時代に製作されたもので、多賀町指定文化財である。
ツアーでは、特別に真如寺に伝わる地獄絵図(享保年中作)を見ることができる。

地獄絵図について
冥土では,7日目ごとに7回,十王によって,「五戒」について生前の善行,悪行の尋問があり審理が行われる。仏教において,誰でも守らなければならないのが五戒(5つの戒め)がある。

不殺生戒・ふせっしょうかい(みだりに生物を殺してはならない)
不偸盗戒・ふちゅうとうかい(他人のものを盗んではならない)
不邪淫戒・ふじゃいんかい(性生活が淫らであってはならない)
不妄語戒・ふもうごかい(うそをついてはならない)
不飲酒戒・ふおんじゅかい(酒を飲んではならない)

霊はあの世とこの世の間にあって,49日目にはかならず行き先が決まることになっている。審判の日にたいして,現世(この世の側)で遺族が供養をすると,積まれた善業(ぜんごう)が故人にも及ぶと教え、故人ができるだけ善い世界に生まれ変われるように、葬儀のあと七日ごとに追善供養をする。文字を読めない庶民に,善業を重ねるよう絵解きで教えるのが、地獄絵図(十王掛図)で、初七日(しょなのか)・二七日(ふたなのか)・三七日(みなのか)・四七日(よなのか)・五七日(いつなのか)・六七日(むなのか)・七七日(なななのか)と描かれている。七七日が四十九日にあたる。

例えば、「奪衣婆」(だつえば)
三途の川を渡ると、衣領樹(えりょうじゅ)という木があり、奪衣婆と鬼形の懸衣翁(けんえおう)が死者が来るのを待っている。奪衣婆は三途の川の渡し賃(六文銭)を持たない死者が来れば、その衣服を奪い、懸衣翁はそれを衣領樹に掛ける。死者の衣服の重さには生前の業が現れるという。

写真は、三途の川の奪衣婆と衣領樹