目に見えないモノを見ることができるかもしれない旅をしませんか? 現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の狭間、湖東・湖北の伝承を追いかけ文化遺産を巡るTour に出かけませんか?「空(くう)の旅人舎」がご案内いたします。


・2015年1月31日(土)〜2月1日(日)「鬼の残滓を巡る」の章 ▶お申込みはこちら


「鬼の残滓を巡る」の章 Images of the tour

 
近江の金太郎伝説(長浜市西黒田)


 金太郎は、平安時代中期、天暦9(955)年に近江国坂田郡布勢郷に生まれた。金太郎の出自は明らかではないが、当時この地に勢力のあった息長氏の一族として生まれたといわれている。
 金太郎は西黒田の里山を駆け育ち、足柄神社の奉納相撲にも出向き見事な力を発揮したという。また、金太郎は菅原道真ゆかりの名超寺・富施寺などで、学問にも励み、文武両道の青年に育っていった。


 当時この地は製鉄業が盛んで、青年となった金太郎は鍛冶屋で働くことになり、「金の文字の描いた腹掛け」「赤い肌」「鉞(まさかり)」のイメージが生まれたという。
 そして、20歳となった金太郎に転機が訪れる。天延4(976)年、旧暦3月21日、上総守の任期を終え、黒田海道を上京中の源頼光が足柄山にさしかかったとき、金太郎は頼光の目にとまり家来となった。
 上京後、金太郎は名を坂田金時と改め、頼光のもと様々な手柄をたててゆく。
そして、正暦5(994)年、ついに金太郎が住んでいた村の人々を苦しめている、伊吹山の山賊を退治し、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光とともに、頼光の四天王と称されるまでになる。


熊岡神社

芦柄神社(常喜町)


芦柄神社境内 奉納相撲の土俵

足柄神社(八条町)

足柄神社(七条町)


七条町の足柄神社は、建長三年(1251)に創建されたとの社伝を有する古社で、相模の国の住人井関氏が七条の地を訪れたときに、足柄山箱根権現を勧請したのがその始まりと伝えられている。この井関家は、江戸時代には天下一の能面打ちと称えられた家柄である。



酒呑童子は伊吹童子




 酒呑童子の物語は、こんな話である。西暦1000年前後の京の話。世の中は乱れていたが、酒呑童子は王権に叛き、自由奔放に生きていた。王権側からは略奪など好き放題の山賊である。酒呑童子を退治するため大江山へ差し向けられたのが、源頼光(みなものとのよりみつ)を頭に藤原保昌(ふじわらのやすまさ)並びに四天王の面々、坂田公時(さかたのきんとき)、渡辺綱(わたなべのつな)、ト部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいのさだみつ)ら6名。
 頼光ら一行は山伏姿に身をやつして、酒呑童子の屋敷にたどり着くと、酒呑童子は頼光一行を手厚く歓待する。しかし、頼光たちは毒入りの酒を童子と手下の鬼たちに飲ませて酔い潰し、童子を討ちとり、手下の鬼共も討ち果たす。


 この酒呑童子の出生に関わる伝説は多く、『いま甦る鬼』(日本の鬼の交流博物館常設展示資料)には次のように記されている。


もう一つの酒呑童子出生地についての異説は、近江国(滋賀県)伊吹山、井口とする説であり、奈良絵本(酒呑童子)に描かれています。
 嵯峨天皇(809-823)のとき比叡山廷暦寺に、酒呑童子という不思議な術を心得た稚児がいました。人々が怪しんで素性を調べたところ、井口の住人須川殿という長者の娘王姫の子であり、伊吹山の山の神=伊吹大明神の申し子であったというもので、3才のころから酒を飲んだので酒呑童子と名付け、10才のとき比叡山の伝教大師のもとへ稚児として弟子入りします。
 帝が新しい内裏に移ったお祝いの祭日の日、「鬼踊り」をしようということで三千人の僧の鬼の面をつくり、とくに精魂こめて作った自分用のお面をつけ京の都へくり出し、大変な人気でありました。
 山に戻って、大宴会ののち、酔いがさめ鬼面をとろうとしましたが、肉にくいついてとれません。伝教大師は、酒呑童子を山から追い出し国に戻しますが、肉親からも見すてられ、山々を転々とし、ついに大江山にいたったというものです。


 金太郎と酒呑童子、伊吹山辺り近くに住んでいたことに興味津々!!



鍾馗さんを探す





 そもそも、鍾馗(しょうき)さんとは誰なのか……。
 中国唐代高祖皇帝(在位618~626年)の時に実在した人物である。鍾馗は、科挙に落第し、傷心癒えず自殺したが、高祖が憐れんで科挙合格者とし丁重に葬った。そして、第六代の玄宗皇帝(在位712〜756年)の夢に現れ伝説となった。
  玄宗皇帝が、瘧(おこり)にかかった時、夢に鍾馗が現れ、「虚耗(きょぼう)」と名乗る悪鬼を撃退した。鍾馗は、丁重に葬ってくれた礼だといった。かくして玄宗の病は治癒し、宮廷画家に命じて鍾馗の肖像画を描かせた。以来、この伝説から鍾馗が邪気や悪鬼を祓(はら)うと信じられるようになった。


彦根のまちに残る歴史的な遺産を再発見し紹介している市民団体「まち遺産ネットひこね」のメンバーらが『鍾馗さんMAP』を作った。京都をはじめ近畿・東海地方では瓦でできた小さな鍾馗さんの人形を屋根の上にのせる風習があり、鍾馗さんは魔除けの力があるとされているので、家の守り神として大切にされてきたのだという。
 ちなみに、鍾馗さんは、町屋の屋根にもあるが、お寺の鬼瓦の向かい側にも多くあるらしい。今回のツアーでは、鍾馗さんMAPを利用し、夢京橋キャッスルロード付近の鍾馗さんを探してみよう。


鍾馗さんMAPとバッジをプレゼント!!




おみくじの元祖 元三大師(角大師)



 玉泉寺(長浜市三川町)は、比叡山中興の祖と仰がれる慈恵大師良源の生誕地に建立された寺である。大師は、延喜12年(912)に虎姫の地に生まれ、今も産湯の井戸が残されている。
 良源は元三大師(がんざんだいし)の名で知られ、おみくじの原型をつくった人だが、一般にはほとんど知られていない。そして、多分、角大師が元三大師だというのは、おみくじの元祖よりも更にマニアックな知識かもしれない。
 角大師は、元三大師が鬼の姿になって疫病神を追い払った時の姿だといわれている。魔除・厄難除のために玄関や門柱に護符が貼ってあるのを見かけることがあるだろう。
 ツアーでは、玉泉寺角大師の御札をいただく。

玉泉寺は織田信長の兵火によって焼失し、現在の本堂は、江戸時代後期に彦根藩主の井伊氏が寄進したもの。





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