目に見えないモノを見ることができるかもしれない旅をしませんか? 現世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の狭間、湖東・湖北の伝承を追いかけ文化遺産を巡るTour に出かけませんか?「空(くう)の旅人舎」がご案内いたします。

News

2018/10/05

台風25号の影響が心配されましたが、「湖東QUEST ナインストーリーズ の章」は、予定通り催行いたします。

2018/09/27

「湖東QUEST ナインストーリーズ の章」催行が決定いたしました。
尚、募集を終了させていただきますので、ご了解ください。
引き続き、2019年3月2日・3日「井伊直弼の章・其の二」は、参加者募集中です。
ツアーのご案内とお申込み>>

2018/08/14

2018年10月7日・8日「「湖東QUEST ナインストーリーズ の章」募集は終了しました。

ツアーのご案内>>
2019年3月2日・3日「井伊直弼の章・其の二」参加者募集

ツアーのご案内とお申込>>

2018/08/14

サイト リニューアル

井伊直弼の章・其の二

「明治維新150年」。幕末、開国の決断をした井伊直弼をテーマに彦根とその周辺に遺された事跡から彦根の明治維新を巡る旅です。今回は、いままで触れられることがなかった「大老の仇を討った男」についても語ります。

2019年3月2日・3日「井伊直弼の章・其の二」
モニターツアー参加者募集 20名・最少催行人員 15名

参加費 25,000円(税込)
1泊2日・3食(2日夕食 3日朝食と昼食)・多景島クルーズ乗船料・施設拝観料・旅行傷害保険】
集合 2019年3月2日 13:00/集合場所 彦根駅東口

解散場所 2019年3月3日 16:00 彦根駅東口・16:20米原駅東口
Guest speakers 小泉凡氏・旭堂南海師

「井伊直弼の章・其の二」お申込みフォーム>>

小泉凡氏

小泉八雲記念館館長・焼津小泉八雲記念館名誉館長・島根県立大学短期大学部名誉教授。
1961年東京生まれ。
成城大学・同大学院文学研究科で民俗学を専攻後、1987年に松江へ赴任。妖怪、怪談を切り口に、文化資源を発掘し観光・文化創造に生かす実践研究や、小泉八雲の「オープン・マインド」を社会に活かすプロジェクトを世界のゆかりの地で展開する。2017年7月、日本・アイルランドの文化交流貢献で外務大臣表彰。主著に『民俗学者・小泉八雲』(恒文社、1995年)、『怪談四代記―八雲のいたずら』(講談社、2014年)ほか。小泉八雲曾孫。日本ペンクラブ会員。

旭堂南海師

講談師。1964年兵庫県加古川市生まれ。大阪大学文学部で国文学を専攻。卒業前の1989年2月に故三代目旭堂南陵に弟子入り。1997年度「咲くやこの花賞」受賞。2009年に「加古川観光大使」に任命。講談の記録保存のため『難波戦記』(全40巻)、『太閤記』(第一部・二部都合40巻)を完成。古典作品の他、地域の民話・伝説などをモチーフにした創作講談も多数発表。なみはや講談協会所属。

 

SCHEDULE

◆3月2日(土) 13:00 彦根駅東口集合
彦根駅東口発13:10(バス)→13:15 いろは松駐車場→(徒歩)→13:30玄宮園【直弼の生まれた槻御殿を望む】→14:00(徒歩)→遠城謙道碑・井伊直弼銅像→花の生涯碑→直弼句碑→戊辰戦争碑→14:40いろは松駐車場(バス)→14:55彦根港→15:10多景島クルーズ(多景島上陸30分)多景島【題目岩・誓の御柱】→16:20彦根港着・16:30(バス)→16:40清凉寺【直弼が修行した寺・井伊家菩提寺】→18:00(バス)→18:15夕食 伊勢幾(直弼直筆の献立を基にした懐石料理)【講談(旭堂南海師)「大老の仇を討った男」】→20:30(バス)→20:45ホテル泊
 
◆3月3日(日) 9:00ホテル出発
9:10 埋木舎(直弼の青年時代を過ごした家)→9:50(バス・いろは松駐車場)→10:05天寧寺(直弼の愛した寺)【井伊直弼供養塔・長野主膳の墓・村山たかの碑・大東義徹碑】→11:00(バス)→11:30岡村本家(直弼の命を受け創業)【当主岡村氏のお話・酒蔵見学】→12:00 昼食 遊亀亭【小泉凡先生のご講演】→13:30(バス)→13:45 豊会館(又十屋敷)(豪商の旧邸。直弼の彦根藩を財政的に援助)→14:30(バス)→15:00高源寺【村山たか(小説のなかでは直弼の恋人)肖像画の見学】→15:40(バス)→16:00彦根駅→16:20米原駅
 
 
※予定は変更になる場合がありますので、予めご了解ください

■旅行企画・実施 
旅行企画・実施  近江トラベル株式会社 ツアーセンター
〒522-0010  滋賀県彦根市駅東町15-1  tel.0749-24-8103・fax.0749-24-5251
 滋賀県知事登録旅行業第2-197号(社)全国旅行業協会会員   旅行業取扱管理者  河合達也
■企画協力 空の旅人舎 〒522-0064 滋賀県彦根市本町2-3-3
■協力 びわこ湖東路観光協議会・滋賀大学
 

直弼の章・其の二のポイント


埋木舎
彦根藩主井伊家の屋敷跡。「埋木舎」の命名は井伊直弼。17歳から藩主となるまでの15年間を過ごした屋敷。

多景島
島には「南無妙法蓮華経」の文字が彫られた「題目岩」があった。桜田門外の変で直弼が討たれたときには、題目岩が鮮血をにじませたと伝えられている。

清凉寺
井伊直政の墓所として直孝が開基した曹洞宗永平寺派の寺院。江戸時代、修行道場として有名。直弼は清凉寺で禅の修行を行った。

天寧寺
井伊直弼公の好みで作られた石州流庭園、井伊直弼公供養塔、長野義言歌碑、大東義徹碑などがある。木造五百羅漢で有名。

岡村本家
岡村家第7代岡村太内が安政元年(1854)、井伊直弼に酒造りを命じられ、第8代岡村多内が創業した造酒屋。酒銘「金亀」。

豊会館(又十屋敷)
廻船業を営み「あけぼの印の缶詰」で知られた、藤野喜兵衛喜昌の屋敷。井伊直弼から拝領の武具や調度品の数々が陳列展示されている。

高源寺
井伊直弼と、長野主膳の死後、二人の菩提を弔い続けた村山たかの肖像画が遺る。総門は佐和山城の裏門を移築したもの。

 

 

 井伊直弼の生涯 DIGEST

 生年:文化12年(1815)10月29日/没年:安政7年(1860)3月3日/父:井伊直中/母:お富の方/菩提寺:豪徳寺(東京都世田谷区)、清凉寺(彦根市)
● 彦根藩井伊家第11代直中の14男として生まれる。父直中が亡くなると槻御殿から、城下の中堀端に面した尾末町屋敷に居を移した。直弼はその屋敷を埋木舎と呼び、大名の庶子として、槍術や居合、和歌、茶道に明け暮れる修養の毎日を過ごす。居合では新心流から独自の流派を開き、茶道では石州流から一派をおこした。
● 直弼は、江戸幕府草創期を理想とし、幕藩制秩序の再構築と公武一致による幕府の再生を目指し、幕府評議や将軍の意思を重視する復古的な考えを持っていた。弘化2年(1842)、直弼32歳。長兄直亮の世継であった兄直元が早逝し、彦根藩の世継となり江戸に移る。嘉永3年(1850)、兄直亮が死去し、彦根藩主となった。
● 嘉永6年(1853)のペリー来航後、江戸城内では病弱だった13代将軍徳川家定の継嗣問題が表立っていた。直弼ら溜詰の大名など南紀派は、御三家の一つである和歌山藩主徳川慶福(よしとみ)を擁したのに対し、徳川斉昭ら一橋派は、一橋慶喜(後の徳川慶喜)を擁立した。開国か攘夷かの政策論争に、南紀派と一橋派の政権抗争が絡み、朝廷や諸藩を巻き込んだ政争となっていく。
● 安政5年(1858)直弼は大老に就任。日米修好通商条約調印に踏み切る。直弼は、幕府の政策を遂行するため一橋派など反対派を取り締まるため「安政の大獄」を断行した。直弼は実に厳しい態度で臨んだ。その結果、尊攘派からの怨嗟が高まり、安政7年(1860)、江戸城桜田門外にて襲撃され命を落とす。
● 直弼は暗殺計画を事前に承知していたといわれている。勝海舟は『開国起源』という書物で直弼の人物像について「進んで難衝(なんしょう)に当り、一身を犠牲に供し、毫(みじん)も畏避(いしゃ)の念なく、鞠躬盡瘁(きくきゅうじんすい)以て数世知遇(すうせいちぐう)の恩に報ぜんと欲す、豈大丈夫(あにおおますらお)と謂わざるべけんや」と記している。直弼は、幕末の大老として、「私」の立場を捨て、常に「公」を優先させ、この国の未来に尽力した人物である。

 3月2日の夕食は「井伊直弼直筆の献立」

献立はわび茶を目指した直弼公らしいシンプルな内容ながら、当時は貴重だったであろう食材をさりげなく用い、まさに『一期一会』のおもてなしを感じさせる。(伊勢幾 FOODYASより)
桜田門外の変のあった3月3日の前日に直弼公を偲ぶ。
 

夕食の後は、講談「大老の仇を討った男」

近江鉄道株式会社初代社長大東義徹の兄小西貞義が、大老の仇をとっていた。旭堂南海師が新作講談を披露。乞うご期待!!


「井伊直弼の章・其の二」お申込みフォーム

 下記は、彦根ゴーストツアー「井伊直弼の章・其の二」(募集期間2018年8月16日~2019年2月15日)のお申込フォームです。必要事項を記入しお申し込みください。尚、募集人員が20名に達しましたらツアーに参加していただけない場合がございます。予めご了解ください。
※ご記入いただきました個人情報は、統計分析・ツアー情報のご案内以外には使用することはございません。